地震その後

久々にパソコンから更新します。
コメントを入れてくださった皆さん、メールくださった皆さん、ありがとうございました。
ひかり電話は未だ復旧せず、ですがネットが繋がって
外部と連絡が取れるし、よかったです。
プリンターも この重たいのが上から転がり落っこちたのだから、
子供の頭にでも当たってたら・・と思うとぞっとします。

自分の記録のためにも、地震当日のことから書き留めておきます。

その時、子供たちとおやつを食べながら私はミシンをかけたりして。
いきなり携帯が異常音を発し、 次の瞬間グラグラ!!っと。
すぐダイニングテーブルに隠れ、揺れが治まるのを待ちましたが
いつもの地震と違う・・・全然治まらない!
なにこれ、どうしようどうしよう・・・その間に電気がバチンっと切れて。
棚の上の花瓶が割れて、積み上げたおもちゃが崩れ、プリンターが落っこち、
それでも食器棚はロックがかかって割れずに済みました。
そのまま、もういいかな・・・と思うとまた強い揺れが。の繰り返しで
15時前だったのが、気づいたら夜になっていました。
夫もなんとか帰宅でき、その夜はテーブルの下で、子供達と毛布にくるまって寝ましたが
床に寝ていると、地鳴りがじかに伝わってきて怖くて眠れなかった。

テレビも見れず、携帯も電池充電しかできないのでワンセグもちょっとしか使えず。
最初できてたメールも通話もそのうち圏外になり、
情報が分かりづらく、余計不安に・・・
続く余震に怯えつつも、開いているお店に行列し、おむつや食料確保に
とにかく必死でした。
子供達は事の重大さなんて分かるはずもなく、お腹すいた、すいたと・・・

水が止まらなかったおかげで、避難所に行かずに済んだものの
とにかく寒くて、暗くて、先の見えない不安に気持ちがくじけそうになってました。
子供達に温かいものを食べさせたくて、
雨の中、川向うの友人宅まで、自転車に炊飯器とポット・水筒をくくりつけて走りました。
道路は信号が付かず大混乱大渋滞、給油待ちの途方もない車の列・・・
その合間を救急車両が通るのも大変で。
殺伐とした光景は、なんだか日本じゃないみたいで。

お湯をもらえて、5日ぶりのシャンプー、ほんとに気持ち良かった!!
ごはんとカップめんの温かさ、美味しさも、しみじみ身体に沁みわたった。
明日から雪の予報で、布団をかぶって震えてたところに
いきなり電気が復旧。びっくり。
嬉しくてうれしくて、長男と興奮して、泣きながら喜びました。

ニュースをやっとまともに見れて、被災地の壮絶な光景・・・地獄絵図のような・・・
こんなことが起こってしまうなんて・・・と、不安ばかりが募りますが
避難所生活で不自由を強いられているかたたちに比べたら
元気で、家も無事だったのだから幸せだと思わなくては。

友人達も、心配してた矢本や石巻の親戚も無事が確認できて
本当によかった。

気ままに、好きなパンを焼いていた日々。
ついこないだまでのことが、あまりに遠く、遠く、夢のようにも思えます。
なんて脆いものの上に生活していたのかと・・・
近いうちに「来る」とは分かっていたけど、
具体的な備えはほとんど何もしていなかったのも悔やまれます。
今さらですけどね。

都市ガスは壊滅状態、1ヶ月でも復旧不可能とのことで
ああ・・・料理もできず、お風呂も入れないのか・・・なんて。
ホットプレートはあったので、簡単な炒めとかはできますが
とにかく、食材が手に入らないのが心配。
この先、流通が回復してくれることを願います。
パンがどこに行っても買えないので、
自分で食パン焼けるのは幸いでした。
仙台市街地は、お店も営業再開してるところが多いようで
夫が「なか卯でカレー食べた」とか言うので・・・くやしい!
市街地に行こうにも、足が無いので無理ですが。


元の通りの生活に戻れるのか、今はそんなことも考えられないくらい。
先のことがまるで分かりません。考えると不安ばかりで・・・
それでも、日々生活していかなくてはいけません。
ここが、底、だと思って希望を持たなくては。
また、前のようにブログ更新をできる日を、自分自身も楽しみに。
頑張りたいです。

ご心配くださった皆様、どうもありがとうございました。
[PR]
by assam-milk | 2011-03-17 17:05
<< 地震後・・・10日目 地震その後 >>